平成25年度 東山会会報

学内近況


名古屋大学国際交流協力推進本部 特任教授
前 名古屋大学工学研究科機械理工学専攻 教授

石田 幸男

昭和 45 年卒業(第 29 回)

夏期集中講座 名古屋大学サマープログラム (NUSIP)
「自動車工学における最新技術と課題」

  

1.はじめに 
 工学部・工学研究科では,平成20年度から自動車工学をテーマとしたサマープログラム(Nagoya University Summer Intensive Program, NUSIP)を行っており,本年は6年目となる.はたして,世界の一流校から名古屋大学へ学生が私費で参加するであろうかと不安をもってスタートしたが,幸い好評を博し,海外からの参加希望者も年々増加している.企業と連携したこのプログラムの成功は,グローバルな教育が重要となった今,他大学や文部科学省からもひろく注目を集めており,名古屋大学を代表するプログラムとして成長してきた.ここで,このプログラムの経緯と現状について紹介させていただく.

2.経緯
 平成17年にミシガン大学のStella W. Pang副工学部長から澤木工学研究科長へ書簡が届き,両大学間の学生交流をさらに拡大したいが,英語で行われている講義がどのくらいあるかとの問い合わせがあった.当時,工学研究科では名古屋大学短期交換受入れプログラム(NUPACE)の講義を除けば英語で行われる講義がほとんどなかったため,ミシガン大学へはサマープログラムを計画すると返事をするとともに,澤木研究科長から筆者のところへサマープログラムの企画が依頼された.その企画にあたり,世界の大学で行われている類似のプログラムの内容を検討した結果,現在日本が世界をリードしている技術分野は自動車工業であること,ハイブリッド車や電気自動車の出現で自動車技術は大きな技術革新を迎えていること,さらに東海地区が日本のものづくりの中心であることなどを考慮して,「自動車工学における最新技術と課題(Latest Advanced Technology and Tasks in Automobile Engineering)」と題するプログラムを実施することを決定した.

3.プログラムの目的と背景
 このプログラムの目的は,以下のとおりである.@海外協定校との交流を促進すること,A海外の学生が日本留学を実現し,専門分野の勉学を通じて日本の最先端技術を学ぶこと,B日本語の学習と日本の代表的歴史遺産の見学により日本への関心を高めること,C名古屋大学の学生が,専門分野の勉学と合わせて,海外の学生との交流を通じて英語力を向上させ,国際的視野を拡げること,D参加した海外の学部生が,名古屋大学の良さを認識し,将来名古屋大学の大学院へ入学すること,またE海外の学部生と大学院生が日本企業へ就職することなど.

 企業活動がグローバル化している現在,世界を舞台として活躍する人材が必要とされている.そのためには,日本人学生が海外へ留学して研鑽を積むこと,また世界各国から優秀な留学生を受け入れ,日本の大学教育をグローバル化することが大切であるが,いずれも言うは易く行いは難しである.前者については中国や韓国の学生と比較すると日本人学生の内向き思考は著しい.ある記事によると,ハーバード大学では,1999から2009年の10年間で,中国人留学生は227名から463名,韓国人留学生は183名から315名へと倍増しているのに対し,日本人留学生が151名から101名に減少しているとのことである.後者について言えば,アジア各国の学生が日本と通り越してアメリカへ留学している.現在,大学はTimes Higher Education Ranking など様々な大学評価システムで格付けされ,学生はこれを見て大学を選び,また大学はこれを見て協定校を選んでいる.筆者は機械理工学専攻を定年退職後,名古屋大学の国際関係の部署で仕事についているが,この仕事が弱肉強食の世界であるとしみじみ感じている.このようなランキングに対して様々な批判があることも承知しているが,これによって判断され,大学が具体的に不利益をこうむっていることも事実である.研究のレベルが高いにもかかわらず日本の大学が評価されないのは「国際化の遅れ」とのことである.その観点からも本サマープログラムが貢献できることを願っている.


図1 案内ポスター

4.プログラムの概要
 プログラムの実施時期は,6〜7月の約40日間である.名古屋大学工学研究科と学術交流協定を結んでいる大学,名古屋大学が基幹校となり世界の18の大学とともに構成している国際学術コンソーシアムAC21のメンバー校,イギリスの6大学と日本の5大学で構成する産学連携コンソーシアムRENKEIのイギリス側メンバー校に案内を送り募集しているが,Webを見た協定校以外の学生からも数多くの申込みがある.実施の便宜上,書類選考の上,海外生約30名,名大生約20名を受け入れている.学年は,学部3,4年生と大学院生を対象とした.すべて英語で行うプログラムなので,名古屋大学の学生および英語を母語としない留学生に対しては,TOEFL550,TOEIC730以上の能力を条件とした.参加費用は,協定校の学生は1800USドル,非協定校の学生は2500USドル,名大生は無料である.表1に現在までの参加者数を示す. なお,2011年度は31名に対して受け入れ許可を出したが,原発事故のため多くの辞退が出て,最終的に18名となった.海外の学生には,自動車工学3単位,日本語3単位を出している.名大生は,自動車工学に関して留学生とおなじ条件で参加して単位(「実践科学技術英語」,2単位)を取得する正規生と,一部の科目のみ受講する聴講生を合わせた数となっている.

プログラムは,(1)自動車工学の講義,(2)工場見学,(3)日本語の講義,(4)日本文化見学,(5)ホームステイ,から構成されている.以下にそれぞれについて詳しく紹介する.

表1 これまでの参加大学と参加者集


5.自動車工学の講義
 ハイブリッド車や電気自動車など,自動車工学の最先端技術をやさしく解説する3時間の講義が13回あり,さらに最後の2回の講義時間を使って,後述のグループ研究の発表会を行っている.その講義内容は以下のとおりである.1.自動車産業の現状と将来,2.ドライバ運転行動の観察と評価(図2),3.自動車の開発プロセス,4.車搭載組込みコンピュータシステム,5.自動車の予防安全,6.自動車の衝突安全,7.無線通信技術ITS,8.自動車の運動と制御,9.自動車開発におけるCAE,10.自動車における省エネ技術,11.環境にやさしい燃料と自動車触媒,12.自動車の材料と加工技術,13.交通流とその制御/都市輸送における車と道路.

各講義は,自動車関連企業の研究者と名古屋大学の教員がペアを組んで協力して行うという特徴ある形式をとっており,産業界の第一線の研究者が加わることで,最先端の内容が紹介されるようになっている.講義では毎回レポートが宿題として出されるので,参加学生にはかなりハードな講義である.

さらに,講義の理解を深め,また学生間の交流を深めるために,留学生と名古屋大学の学生の混成グループを作り,それぞれ上記の講義内容から最も興味をもつテーマを選んで自主研究を行い,発表会を行っている(図3).講義中に活発に質問をする海外の学生と一緒に講義を受け,さらにグループ研究を行うことは,名大生には良い刺激となっている.

 図2 講義(ドライバ運転行動)  図3 グループ研究発表

6.工場見学
 最新の自動車生産工場や最先端の研究施設の見学も行っている.例年約6社の見学を実施しているが,これまでの見学先は,東海地方では,トヨタ自動車高岡工場,トヨタ会館,デンソー高棚工場,デンソーギャラリー,三菱自動車岡崎工場,横浜ゴムなど,また関東地区見学旅行では,ヤマハ発動機磐田工場(磐田市),日本自動車研究所(JARI,つくば市),小糸製作所(清水市),国立交通安全環境研究所(調布市),ホンダ四輪R&Dセンター(栃木県),トヨタ自動車東富士研究所(裾野市),ニッサン追浜工場(横須賀市)などである.詳細は報告できないが,電気自動車の試乗や実際の試験の見学,さらには研究者との意見交換などができ,参加者にとって最も人気の高い行事である.

7.日本語の学習
 海外の学生には,日本語の学習を義務づけた.これは,その国の文化と国民を正しく理解するためには,言葉が非常に大切であるとの考えにもとづいている.毎年,留学生の何人かは日本語の学習経験があるので,初級2クラス,中・上級1クラスを設けている.連日,午前に行われる日本語の講義に脱落者がでるのではないかと心配したが,皆非常に楽しんで学習してしたようである.わずか6週間であるが,初心者でもやさしい日本語を話し,書くことができるようになっている.図4に講義の様子を示す.


図4 日本語の講義の様子(上級)

8.日本語文化見学
 留学生が日本の歴史や文化を学ぶため、名古屋近郊の明治村,京都の金閣寺(図5)と清水寺,奈良の東大寺,伊賀忍者村などの観光を実施した.また,関東地区の工場見学旅行の帰路では,箱根の大涌谷や静岡の白糸の滝なども訪れた.

9.ホームステイ
 日本の生活を知り,親睦を深めるため,ボランティアの日本人家庭にお願いし,1泊2日のホームステイも行った.図6からもわかるように,それぞれ大変な歓待を受けたようである.

   図5 京都見学旅行       図6 ホームステイ

10.その他
10.1 特別講義
 通常の講義以外に,著名な講師を招いて以下の特別講義も実施した.

@平成21年度:David Goldstein氏(米国ゼネラルモータース社),講演題目 「The Changing Landscape of the US Automotive Industry: Post WWII」 と 「Program Management in the United States: Business and Technical Perspectives」

A平成22年度:Glen S. Fukushima氏(エアバス・ジャパン社,社長),講演題目「Globalization, Competition, and Japan」

B平成23年度:Sakie T. Fukushima氏(G&S Global Advisors Inc.代表取締役社長),講演題目「Career Development for College Graduates: Competencies Sought After by Global Companies in 2011」

C平成24年度:Martin S. H. Wee氏(Unitedstar Corporation Co. Ltd, Executive Director),講演題目「Customer Satisfaction & Delight in thAutomotive Industry」

D平成25年度:清水浩氏(慶応義塾大学名誉教授),講演題目「Electric Vehicle for the Future」

10.2 豊田章一郎氏との懇談会
 平成21年度には,トヨタ自動車竃シ誉会長の豊田章一郎氏の訪問を受け,授業参観と学生との懇談会を行った.その懇談会には,浜口総長,宮田理事,渡辺副総長も出席された.豊田氏が参加学生のひとりひとりに質問をされ,おおいに盛り上がった懇談会となった(図7).


図7 豊田章一郎氏との懇談会

10.3 企業からのリクルート
 平成22年度のグループ研究発表会には,TOYOTA USA社より2人の米国人社員が参加して学生の発表を聴講した.そのあと,学生に対してTOYOTA USA社の紹介をし,リクルート活動を行った.企業もこのプログラムへの参加者に強い関心をもっているようである.

11.さいごに
 このサマープログラムは,名古屋大学工学研究科にとって初めての試みであった.まえがきでも述べたとおり,全テーマに対して英語で講義していただける講師が見つかるか,参加料や航空運賃を払って海外から学生が参加するか,また名古屋大学の学生が英語で行われる長時間の講義に参加するか,など多くの心配があった.しかし,幸い多くの参加者を得て実施することがでた.海外からの留学生と名古屋大学の学生が楽しそうに交流している姿をみることができたことは,我々の大きな喜びである.

 最後に,このプログラムは「平成22年度日本工学教育協会賞・業績賞」を受賞することとなった.これは,講師を引き受けていただいた企業および名古屋大学の先生方,NUSIPプログラム委員会の先生方のご支援のたまものと考え,ここに厚く感謝申し上げる.なお,参考文献にあげたWebsiteにはビデオでの紹介も載っているので,ぜひご覧いただきたい.

参考文献
 http://www.engg.nagoya-u.ac.jp/en/nusip/index-j.html

トップ > H25 会報 > 学内近況